2018年6月9日土曜日

勝原士郎「多喜二と兜太忌重なりとは思ひふかし」(「こだま(木魂)」第253号)・・



「こだま(木魂)」平成30年4月号・第253号(編集・発行人、松林尚志)、先般は「澪」が終刊になり、その後は「こだま」を贈って下さっている。松林尚志は、ブログタイトルに挙げた勝原士郎「多喜二と兜太忌重なりとは思ひふかし」の句について、

 この句の要は「忌重なり」にある。俳人は著名作家の忌日を季語として登録するが、季語が重なることを季重なりといって嫌う。そんな俳人の禁忌と重なる表現としたところに作者らしい皮肉と遊び心を認めてよいと思う。

と述べている。同号掲載の勝原士郎の他の二句は、

   アンパン狙ふ烏介護の姪の通ひ路 あ、     士郎
   中野重治柳兼子至福民芸館休館なれば

 第一句目句末の「あ、」は作者の一瞬の驚きの声であるともとれる。が、さらに「鴉」の「あ」も懸けられていよう。「介護」「姪」「通い路」の韻律も巧みである。
 松林尚志は「こだま」に、先月3月号から、「詩誌『方舟』のことなど」を連載しているが、詩史を語るに貴重な証言であり、後続の者には、じつに有り難い。

 「方舟」は実質的に星野徹、中崎一夫両氏によって立ち上げられたといってよい。当初五人で出発したが、中途から村野四郎師の紹介などで五人が加わり、最終的に十人となって、四十四号まで二十三年間続いた。

創刊同人は「星野徹、中崎一夫、下山嘉一郎、山口ひとよ、松林尚志の五人であった」という。さらに書き継がれることと思うので楽しみにしている。
ともあれ、「こだま」より一人一句を以下に・・・

 声色は団十郎や春一忌     松林尚志
 紅椿落ちずに待てり帰りたし  勝原士郎(3月号より)
 雄松か咳く声に年かへる    小島俊明
 一声にガイドの舌が止まる春  石井廣志
 一人静しばらく声を使はざり  阿部晶子
 声明に呼応し揺るる花楓   山田ひかる
 声紋てふ証拠映像春寒し    奥村尚美 



          撮影・葛城綾呂 マツバギク↑

 




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