2018年10月8日月曜日

今井杏太郎「いくつもの船がこはれて春をはる」(『今井杏太郎全句集』)・・・



 『今井杏太郎全句集』(角川書店)、既刊五句集と拾遺句を合わせて全1767句、他にも自句自解、エッセイ、インタビューなどを収載する、簡便な一冊全集のようなつくりの本である。解説は仁平勝、投げ込みの栞文は、大石悦子、片山由美子、井上弘美、鴇田智哉、髙柳克弘が執筆している。愚生は、かつて仁平勝が今井杏太郎に師事したと聞いたときから、誌上で、杏太郎作品と散文をいくつか垣間見たことがあったが、その句を通読したのは初めてである。今般「魚座」という結社についても、その内容について初めて知ったのだが、鳥居三太のインタビューに答えて、

 三 「魚座」は会員制俳句の会といっているわけですが、ちょっとみると不思議な感じがするわけですよ、(中略)あらためて会員制を唱えるというのはどういうことかをお話ください。
 杏 (前略)そうですね、同人、会員を問わず一つのメンバーだという自覚があって、その中でみんなで知恵をだして、前向きにいくには、メンバーシップしかないなあと。(中略)
杏 会員制ということで、会員は誰しも平等であるし同じ発言権はあることだし、風通しのいい会にしたい

 と、どこかで聞いたような、と思ったら、坪内稔典の「船団」と同じである。代表はいるけれども主宰ではない、ということなのだろうか。愚生の認識では、杏太郎主宰であったような気がしているのだが。今度通読して、鴇田智哉が今井杏太郎のところから出てきたというのは、わかるような気がした。
 通読しておもったことは人の名前を詠み込んだ句に、味わいがあった。例えば、

  山頭火忌の藁くさき日向かな      杏太郎
  山道に麥丘人や秋の風
  忍冬忌ひとは日向を歩きけり
  枯山に八木林之助現はるる
  クリスマスイブ岸田稚魚唄へりき
  石塚友二先生の墓あたたかき
        雨に傘さして万太郎忌なりけり
  みづいろの日傘をさして菖蒲あや
  有馬朗人総長先生涼しさう
  初霜や佐藤まさ子に炬燵の句
  稚魚の死後ひなたが寒くなりにけり
  砂山は波郷の墓荻枯るるなり
  森澄雄先生がゐてさくらの夜
  藤棚の下に中村吉右衛門
  芝草の咲いて橋本多佳子の忌
  青萩の揺れたる石原八束の死
  土砂降りの雨の一遍上人忌
  素十忌の田の色の揺れうごくなり
  朝顔の団十郎を見にゆくか
  魚啼いて夕霧太夫の忌なりけり

 また、俳句を始めたきっかけが大原テルカズに勧められたからだ、というのも意外だった。
 塚本邦雄が絶賛した大原テルカズ「からだなき干物の袖火事明り」「天を発つはじめの雪の群必死」「枕辺に夢みよと誰が藁捨て置く」、その人である。
 解説の結びに、仁平勝は、

  ラ・マンチャの男に吹いて秋の風

 思うに杏太郎は、風車に立ち向かうドン・キホーテのロマンに共鳴している。「呟けば俳句」というのは、じつは言葉のロマンなのだ。その無用性ゆえに不滅である。

と記している。それは、鴇田智哉が栞文「ふと聞こえる」に、
 
 言葉をとおして、何かについて考えることを、いつも楽しんでいた。そうしたところに触れるうち、句の魅力とともに私は杏太郎の世界にひかれ、のめり込んでいった。
  馬の仔の風に揺られたりしてをりぬ   杏太郎
という句の、たり、がすごいな、と感じたりしたのはそのころだ。

 と、しるしていることにも通じていよう。ともあれ、いくつか愚生好みの句を以下にいくつか挙げておこう。

  春の川おもしろさうに流れけり
  老人のあそんでをりし春の暮
  風船の離れたる手をポケットに
  武蔵野の次郎は朝寝してゐたる
  うららかやフランス山に鳥のこゑ
  カフェ ド パリ マキシム ド パリ 冬に入る
  鳥雲に入りぬそのあとの鳥もまた
  老人が使つて風の団扇かな
  むさしのの花子の家に雪降りぬ
  放哉のやうなる咳をしてひとり
  東京を歩いてメリークリスマス
  のうぜんの花はきのふより淫ら
  人を呼ぶやう遥かより霜のこゑ
  さびしいよ虫がこはれてゆくゆふべ
  
 今井杏太郎(いまい・きょうたろう)昭和3年3月27日千葉県生まれ。平成24年6月27日死去。享年85。

 

          撮影・葛城綾呂 遠きふるさと↑

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