2018年4月7日土曜日

鴇田智哉「こゑふたつ同じこゑなる竹の秋」(「鷹」平成30年4月号より)・・



 「鷹」(平成30年4月号)の「俳人を作ったもの第12回」は、「鴇田智哉氏に聞く『ひらかれていたい』」、聞く人は髙柳克弘。鴇田智哉自選50句も同時に掲載されている。その中で影響を受けた作家は?という問いに、今井杏太郎、高屋窓秋、赤尾兜子の名が挙がっているが、奇しくも、「鷹」本号の「現代俳人列伝(211)」は高屋窓秋(たかやそうしゅう)、ポートレート写真は、これは本人もお気に入りだった朝日文庫の口絵の、撮影者は橋本照嵩のもの。
 インタビューでは、鴇田智哉が作句する際の在り様をけっこう気楽に、正直に語っている。髙柳克弘の「鴇田さんの特徴に、現実の眺めを歪めるというのがありますが・・・」。という問いに、

  歪めているわけではないんです。言葉というものが歪んでいる。昔から「僕の句は写生句です」と語弊を意識しつつ(笑)言っているんです。見えていることと言葉とは、そもそもずれている。言葉に添って書いていくと、言葉がずれているから、結局書かれたものもずれていくことになる。僕がずれているんじゃなくて言葉がずれているんだし、僕がゆがんでいるんじゃなくて、ものが歪んでいるんだと。言葉として認識するときに、ものが歪むんです。

 と答えている。で、最後の部分に、「若い世代へのメッセージをお願いします」に答えて、「めぐりあわせはあるけれど、いい先生についた方がいい、とは思います」といい、

 あと、うまくならない方がいいよ、ということ。器用な必要ないよ、そこに俳句の面白さはないよ、と。うまいのは、感心する面白さはあるかもしれないけど、その句から醸し出されるものというのかな。それはうまさとは連動していないんじゃないか。作者自身も思ってもいないようなところで出てくる言葉が大事だったりする。そういうこともあって、「ひらいて」いなくちゃいけないと思うんです。

 という。愚生にくらべれば、鴇田智哉だって十二分に若いのだけれど、もう、俳壇的には、そういう年齢に達しているのかもしれない。もっとも、作者自身の思ってもみない、言葉、フレーズが出現するのは圧倒的に、20~30歳代くらいの頃だったかも知れない。その頃は、それだけ言葉にならない思いがあったという青年にはよくあることだったのだろう。とはいえ、俳句のかたちのなかでは、荒唐無稽には、そうはなれない。思ってもみない出現する世界をみるために「ひらいて」いなくちゃいけない、と言語表現に対する作者の姿勢を強調している鴇田智哉がいる。
 ともあれ、自選50句の中から、「ひらく」使用の句といくつかを以下に挙げておきたい。

  また空がひらいて空のざくろかな     智哉
  南から骨のひらいた傘が来る
  7はひらくか波の糸つらなる
  水ほどにひらたくなりぬ夕焼けて
  人参を並べておけば分かるはず
  前をゆく我あり野分へとむかふ

鴇田智哉(ときた・ともや)昭和44(1969)年、千葉県木更津生まれ。 


           撮影・葛城綾呂 枝垂れ桜↑

 
 

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