2018年4月17日火曜日
ふけとしこ「木の芽寒箸を入れれば濁るもの」(「ほたる通信Ⅱ」《68》)・・・
「ほたる通信Ⅱ」2018・4《68》は、ふけとしこが発行している一枚の葉書である。半分にふけとしこの句、あとの半分はエッセイ。今葉の題は「濁る」で6句が添えられ、エッセイには高野ムツオと坪内稔典の句を挙げてのもの。
以下のようにしるされている。
せりなずなごぎょうはこべら放射能 高野ムツオ
せりなずなごぎょうはこべら母縮む 坪内稔典
高野氏の句は先の東北大震災影響下の問題を書き止めたもの。草の名全てを仮名書きにした柔らかさにゆったりと読んできて、最後の「放射能」でドキンとさせられる。(中略)
かたや坪内作品の方は〈ほとけのざすずなすずしろ父ちびる〉と対になったもの。これで春の七草が揃う。(中略)二十数年前の作品である。当時、後に原発事故の問題が起きるとは誰も思いもしなかった。私達は人体に影響のない(ことになっている)空気の中で、人体に影響のない(はずの)物を食べて今日も過ごす。
句の出来としては、坪内稔典の句に軍配があがるだろう。なんと言っても母縮むにリアリティがある。それは多くの息子や娘が大人になって、母の老いを目の前で感じるときに抱く共通した感じ、抒情を表現しているからであろう。だがしかし、眼にはみえなくとも、逃れがたい「放射能」を座五に据えた高野ムツオの句の批評の眼差しも捨てがたい。それぞれ、いわば趣の違う、目指すところの違う句なのである。
ともあれ、以下に同通信の句を添えておこう(ブログタイトル以外の)。
初蝶の日を間違へたやうに来て としこ
四阿の隅に繭ある遠霞
野を焼いて法被の脇のほつれたる
にはとりの砂浴び長し夕永し
三月の橋にたむろの大鞄
撮影・葛城綾呂 竹の若葉↑
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