2019年4月10日水曜日

山本敦子「監視卑近になる日すぐそこ青峰忌」(『八月四日に生まれて』)・・



 山本敦子第一句集『八月四日に生まれて』(ふらんす堂)、序は高山れおな。跋は鈴木明。栞に筑紫磐井、関悦史、石田杜人。帯の惹句と集中からの10句選は高橋睦郎。第一句集で、今どき、これほどの贅をつくした布陣を餞とした句集は、さかのぼれば、序文を虚子、秋櫻子、野風呂、跋をしずの女、土屋愛子が寄せた「草城句集」あるが、近年には無く、また近い未来にも出会えそうにない。装幀・和兎。その高橋睦郎は、

   貝塚夕焼け人いつか死ぬ必ず死ぬ

 この光のような一句を得ただけでも、作者の敦子さんも読者の私たちも、十七音詩に出会えた至福を俳句の神に感謝しなければなるまい。

  と、記している。集名の由来については、著者「あとがき」に、

 以前、米国映画に「七月四日に生まれて」(一九八九年主演・トム・クルーズ)というアメリカ独立記念日に生まれた青年が、一九六〇年代のあの悲惨なベトナム戦争で、一兵士として負傷し、不具者になり、祖国を愛しているのに拘わらず、国家を訴えるという内容の映画でした。私は迚も感動し、その時ふっと浮かんだのが、将来もし私が句集を出すとしたら、私なら八月四日だなあと一瞬思ったのです。(中略)
 それに後日、私の敬愛する米前大統領バラク・オバマ氏の誕生日がおなじ八月四日と知り、決定的になり、結果、題名となりました。

 とある。栞の筑紫磐井「世にも不思議な物語ー『八月四日に生まれて』を読む」では、オバマ大統領以外にも有名人はいるとして、

 (前略)鞄作りの職人ルイ・ヴィトンと詩人シェリーだ。二人とも職人気質(シェリーは言葉の職人だろう)と言うところが共通しており、そのための偏愛者が多いのが特徴だ。むしろ敦子氏には、大政治家よりは彼らの方が相応しいように思う。

 という。さらに、磐井「南国の鳥よりお洒落主宰夫人」の句にまつわるエピソードを紹介している。あるいは、関悦史「弾んでしまう言葉の艶」では、

   言葉が出て来ないョー怖いョー落花

 この句の前に〈亀鳴くや強運信じて明日手術〉があり、脳外科の手術を受けられたらしいのだが、その怯えが「ョ―」の反復になってしまうあたり、「三尺の童」が生き抜くための底の部分にいることがわかる。
 この手術、御夫君の鈴木明氏は心配しつつ〈画像(モニター)灯りに妻の全脳矢印蝶〉〈敦子はねむるひたすらねむる夜の桜〉(『甕』)と詠んだ。いわゆるおしどり夫婦である。

 と述べている。そして石田杜人「天真の人」は、

 全体の句の息吹は、呼吸をするように吐き出されてきたが、その透過は繊細な感性のフィルターを持ち合わせていなければ成立しない。

 という。序の高山れおなとの出会いは、彼の仕事上(入社4年目あたり)でのこと「芸術新潮」に連載された林真理子の連載「着物をめぐる部屋」の担当編集者として、紀尾井町のホテルニューオータニの創作着物の呉服店「みや美」の経営者・山本敦子への取材時のお供に始まるらしい。句については、「耳の廃家で抱擁・静止 束の間 虫」などの一連を挙げて、

 (前略)俳句としては〈耳の廃家〉という隠喩と、端的な実況描写が融合したような一句目がいちばん面白い。具体的・分析的に読むのはあえて遠慮しておくが、ここから〈老夫婦になったんだ〉までのはるけさを思うと、やや胸が熱くなってくるのをとどめがたい。(中略)
 四十年近くにわたる作品をおさめるだけあって、この句集には以上記したのにとどまらない多面的な魅力がほかにもいろいろつまっている。読者諸賢にはぜひ、それぞれの気に入りの句をさがしてほしい。

 と述べている。鈴木明は「山本敦子の俳句は純乎としたダイヤモンドの口語体である」と言い、彼の好きな句は次の二句だという。

   あなたが居れば千倍きれい嵯峨野は雪
   七十過ぎてもムッちゃんアッちゃんかき氷
           (註:ムッちゃんは六男の兄) 

 ともあれ、集中より愚生好みの句をいくつか挙げておこう。

  寒紅拭えば貴方の呉れた幼な顔       敦子
    笠智衆死す
  「うん・うん」の間の夢見月智衆逝く
  かなかなや「草苑」終刊白表紙
  「灯(とぼ)ったえェ」母か誰かの声送り火
     みや美二十五周年
  白地着てわが半生は「お蔭さま」
  死ぬまで華やげ木枯が鞭を打つ
  送り火や妣よ教えは守ってます
  星の王子も後期高齢万愚節
  初しぐれ二人の家をひとり発つ
  全山紅葉まっ只中に憂さなどなし
     父親の子殺し記事より
  父の日の遠し「パパ」とひとこと言って餓死
  こころの藪から出てらっしゃいよ春だから
  おさぼりですかうとうと兎になって寝る
  長寿ってホントは大変餅焦がす
  花菜漬孤独にめっぽう弱い質(たち)

 山本敦子(やまもと・あつこ) 1942年、京都生まれ。



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