2022年10月7日金曜日

鈴木しづ子「コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ」(『鈴木しづ子100句』)・・


  武馬久仁裕・松永みよこ著『鈴木しづ子100句』(黎明書房・1700円+税10%)、右ページに鈴木しづ子の句と初出(句集名・雑誌名・未発表句の別)、左ページに、担当執筆者の鑑賞と句の読みにルビが付される、レイアウトされている。武馬久仁裕「はじめに」には、


 鈴木しづ子は、終戦後、清新で、官能的な俳句を持って、俳壇に彗星のごとく現れ、消えた俳人です。

 彼女の戦後は伝説に蔽われていますが、この『鈴木しづ子100句』は、彼女の伝説を追って、その俳句を鑑賞し、紹介するものではありません。

 とかく、スキャンダラスな衣装をまとわされきた彼女の俳句から、その衣装を取り去り、自由に読もうとするものです。彼女の俳句にはそれだけの価値があります。(中略)

 ですから、次のような俳句を読む時、この「不貞(ふてい)」の相手は誰かなどといったようなことは穿鑿しません。あくまでも、俳句に書かれていることに即して、俳句そのもを鑑賞します。そのことによってこそ、彼女の俳句の素晴らしさ、面白さが見えて来るからです。

  春雪の不貞の面て擲ち給へ        鈴木しづ子

では、鈴木しづ子の絢爛たる100句の世界をお楽しみください。


とある。また、松永みよこ「滴る花・鈴木しづ子ーあとがきにかえて」には、


 彼女の言葉はどうして、こんなにも胸をふるわせるのでしょうか。(中略)

 しづ子の俳句には喜怒哀楽がすべてつまっています。(中略)

 私のイメージするしづ子は『赤毛のアン』の主人公アンです。想像力豊かな少女アンは、いろいろなものに名前をつけて特別な存在にしたいと思っています。(中略)

 しづ子の先祖は犬山市の出身です。幼少期に一時彼女は犬山市で過ごしたことがあり、敬愛する母の墓を俳号の「鈴木しづ子」で建てたのもこの地です。(中略)

 しづ子は『春雷』『指環』の二冊の句集を出しますが、句会にはほとんど参加せず、自分一人でたくさんの句を作っては、師の松村巨湫に送っていました。(中略)

 私は、しづ子の暗闇をのぞき、傷口にみとれ、彼女に対して何もできないことがを悔しく思っています。自らの感情や性と真正面から向き合ったしづ子の俳句が、私は大好きです。彼女の句を読むと、女であることから目をそらさない眼差しの強烈さにたじろぐこともあります。(中略)

 普段のしづ子は、製図工時代は早朝勤務もこなすなど真面目に働き、戦後岐阜に来てからは、孤独な中で句作に励むかたわら、近所の米兵の子どもたちに読み書きを教えたり、一緒に遊んであげるような、面倒見のよい物静かでやさしいお姉さんでした。


 とあった。さらに、鈴木しづ子の句を論じて出色と思われる、武馬久仁裕「解説ー鈴木しづ子の世界」の「二 鈴木しづ子の俳句ーそのひらがなの美しさ」から始まり、師・松村巨湫が多用したひらがな表記、さらには、山口誓子、橋本多佳子との影響関係にについて具体的に、句を挙げて言及しているのは、じつに説得力あるものだった。是非、本書に直接当たられたい。ともあれ、句のみなるが、いくつかの句を挙げておこう。


  あぢさゐのたわわにあるや通過駅   『春雷』

  あはれあはれ秋が来てゐる葦の青    

  銀漢やひそかにぬぐふ肌の汗

  あきのあめ衿の黒子をいはれけり  

  体内にきみが血流る正坐に耐ふ    『指環』

  秘め箱に紐かけておく椿かな

  まぐはひのしづかなるあめ居とりまく

  娼婦またよきか熟れたる柿食うぶ

  熱哀し蒲団のそとに置く片手

  蟻の体にジュッと当てたる煙草の火

  詩稿すべて裂きてすてしより落着く   「樹海」(昭和33年11月号)

  万緑や腰おろすべき石さがす      「きのうみ」(昭和38年6月号)

  雪の日の少年いつかひと愛さむ    未発表投稿句(昭和27年1月2日付)

  詩欲れば冬みどりなす造花の葉    未発表投稿句(昭和27年1月20日付)

  雛まつるおほかたは父わからぬ子   未発表投稿句(昭和27年2月5日付)

  春暁の胸深きより煙草吸ふ      未発表投稿句(昭和27年3月4日付)

  銭湯へ雨の桜を急ぎけり       未発表投稿句(昭和27年3月30日付)

  わが十指花栗の香にまみれけり    未発表投稿句(昭和27年6月15日付)

  春星や哭かむとするに泪なし     未発表投稿句(昭和27年6月16日付)

  冷夏にて空襲の夢をみる       未発表投稿句(昭和27年7月27日付)

 

 武馬久仁裕(ぶま・くにひろ)、1948年、愛知県生まれ。

 松永みよこ(まつなが・みよこ)1973年、静岡市生まれ。



      撮影・中西ひろ美「草を踏む音だけがして秋の天」↑

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