2022年10月11日火曜日

大泉史世「雨の空群れるものかよ独り往く」/「ーんげなごどえっだっではがなえごどにい。」(「河口から」Ⅷより)

 

「河口から」Ⅷ(季村敏夫個人誌)、その季村敏夫「歩く、歩かされるーあとがきにかえて」の最後に、


 この五月(愚生注:19日)、書肆山田の大泉史世さんが亡くなられた。掲載した作品「しろいくも」は同人誌「月光亭」七号(一九九三七月)に収録されたもの。大泉さんは毎号散文詩とF・アラバールの翻訳を発表している。七号のあとがきに「生き残っている者は、口をへの字にして、不当な欠損感に耐える」と記している。能面の癋見(べしみ)である。「んげなごどえっだってはがねえごどにい」、雑司ヶ谷の向うから音ずれる訛りのある語り口、想起する度に励まされるだろう。


 とあった。大泉史世「しろいくも」の冒頭の5行のみだが、引用しておきたい。


それは、とてもとても、とても不可能なことだと思えた。 

またね、またいつかねーー。

ぼくは、両手をポケットにつっこんで、どうやってもこみあげてきてとめら/

れないルフランを鼻先から逃がしている・・・アンダ、ライフ、ゴウゾン。

ーーんげなごどえったっではがなえごどにい。


 ブログタイトルにした句「雨の空群れるものかよ独り往く」は、夫君・鈴木一民によると、彼女の死の一ヶ月ほど前のメモに残されていた、という。合わせて三句あったそれらの他の二句を挙げておきたい。


   鉄塔の下とびまどう黒い羽根      史世

   腫れ足で蟻をイッピキ介助する


 二句目の腫れ足は、癌によって、浮腫で大きく脹れあがっていたのだ。その足で介助される蟻とは・・・無限に優しい。聞けば、癌は克服されて、寛解に向かうはずだった。直接の死因は、誤嚥性肺炎の診断だった、という。享年77。詩書を柱に、書肆山田は大泉史世・鈴木一民の文字通り「二人態勢で困難な道を歩んだ」(池澤夏樹「ある編集者の仕事」毎日新聞7月13日付)版元である。



★閑話休題・・安藤元雄『惠以子抄』(書肆山田)・・・


 安藤元雄『惠以子抄』(書肆山田)、おそらく、書肆山田としての最後の刊行詩集ではないだろうか。奥付の前のページに、


 書肆山田の大泉史世さんが、文字通り最後の力をふりしぼってこの本を編んで下さった。

 尽きない感謝をこめてご冥福を祈りたい。      著者


 と記されてあった。詩篇については、本書収載中、唯一の書下ろし「虚空の声」を以下に挙げておきたい。


 虚空の声

死んだ妻が

夢の中から

不機嫌な声で

悲しいわ と呟いている


何か苦情を言いたいらしいが

何が不満なのかわからないので

なだめようがない

声だけが虚空を伝わって来る


そんなことを言わず我慢してくれないか

もう長いことでもあるまいから

そう言いかけて口籠ったが

妻の耳に届いたかどうか


悲しみを訴える妻の声が

暫く虚空に漂い

やがて私の中の悲しみとなって

澱のように沈み込む


 安藤元雄(あんどう・もとお)1934年、東京生まれ。



    撮影・芽夢野うのき「秋冷え包む懐かしいさびしさか」↑

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