中谷豊第一句集『火焔樹』(金雀枝舎)、序は今井聖。帯の惹句に、
ディアスポラ映画観し夜の兜虫
ディアスポラは「民族離散」の意。/狭義には「ユダヤ」や「華僑」などを差す。
国を持たない、或いは国を追われた人たちのドラマのことである。
そこに夜行性の兜虫を合わせる。/知的で暗く重厚な映像である。
とある。また、序の結びには、
蠅払ひつつ焼飯食ひしカイバル峠
僕は豊さんのこの句の横に、
泉はなきかカイバル峠越えの弱法師
を置いてみる。楸邨の句には「旅をのみ当分の心あてに、あれこれかさなりし浮世のことなども、果たしゆかむと考へをれば」の前書がある。楸邨句は自らを乞食法師に喩えてカイバル峠越えへの決意と憧れを開陳しているが、豊さんの方はここでも自然体、まるでこの地が故郷のような趣である。この句に対する楸邨の感想が聞きたくなった。対象からナマの息吹を大切にする楸邨が褒めないわけがない。
と記している。そして、著者「あとがき」には、
(前略)俳句との出会いに人生の幸いを感じます。
経済の成長期であった在職中は、海外各地に身を置く機会に恵まれ、希有な経験もありました。
俳句が、往事を甦らせてくれました。
晩節に至り、句集を上梓できたことを望外の幸せに思います。
と述べられている。集中には、集名に因む、
火炎樹やココナツ踏みて床磨き 豊
の句があるが、総じて火の色、赤が好みのようである。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておきたい。
跳躍を省いて走る水馬
眩しかり八十年目の夏空
藤の花防災倉庫がらんどう
皮蛋(ピータン)やバイク犇めく春あした
国民服の父と舐めたる氷菓かな
核マークつけし海月の犇めけり
秋の灯の米粒ほどや国境
陸奥還る凍てし砲身只一基
十二月千鳥ヶ淵の底涸らし
仕掛花火被弾の如き船の影
蠟石で描きしゼロ戦百合の花
虹立ちぬ弾痕多きホリデイ・イン
食用の猫みな痩せて広州冬
海の中まで国境の壁泡立草
中谷豊(なかたに・ゆたか) 1936年、横浜市生まれ。
芽夢野うのき「うつそみやさくら木の冬月の冬」↑
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