松本龍子第一句集『龗神(おかみのかみ)』、著者自装、序は五島高資「真にして新なる俳句ー生死を超克する詩性ー」。帯文は朝吹英和、それには、
月光を背負ひて登る夜の蟬
水や月に代表される自然や生命の循環律を象徴するモチーフと自己投影された季語の二重性を駆使した『龗神』には輪廻転生への思いが籠められており、禅師の箴言「天地同根万物一体」が想起された。
とあった。また、序には、
(前略)単に言葉を指示記号として実景を描き出そうとするのは、かえって言葉の固定観念にとらわれて、物の本質を見定めることができない。現在、多くの俳人が金科玉条とする「写生」とは、まさにそうした陥穽に落ちており、それは単なる「写実」と言って良い。松本龍子が目指すのは、そうした言葉の固定観念をいったん保留あるいは破壊し、自らの詩的直感に従って瞬間の中に「ものの見えたる光」を捉えることである。ここで私は、ガストン・バシュラールが言った「世界は存在する前に夢見られる」ということを思い出す。「夢」は詩的想像と置き換えても良いだろう。俳句にあっては、その律動法に深く関わる「切れ」の理法によって詩的創造性が闡明される。それは生死といった二項対立的観念を超克する境地へも繋がっている。まさに松本龍子の句業は、真にして新なる俳句の世界を切り拓き続けているのである。
と結ばれている。また著者「あとがき」には、
(前略)これからも、何が起ころうとも、すべてを受け入れて死ぬまで揺れ続けるのだろう。想定外の自然を畏怖しながら、森羅万象の中に立ち現れる〈光〉を詠み続けていきたい。
と記されている。因みに、集名に因む句は、
落葉焚く龗神を鎮めけり 龍子
であろう。ともあれ、集中より、いくつかの句を以下に挙げておきたい。
薄氷の星にとけゆく水の音
片時雨砂紋は音に移りけり
鶴唳に滲みこんでゆく春の水
剣玉の紐に絡まる春の星
足元の大断層の海鼠かな
逃水とひとつになりて消えにけり
亡妻と最期の花見
吉野山空華のごとく星ともり
不揃ひの骨を齧つて虎が雨
ゆつくりと貉の少女水を打つ
流燈の消えてゆくとき黄泉のこゑ
松本龍子(まつもと・りゅうし) 1956年、愛媛県今治市生まれ。
芽夢野うのき「色づくまえの柘榴の玉の緒頂戴す」↑
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